「いい母親」って誰が決めたんだろう

家庭について

子どもが産まれてから、

「いい母親」という言葉を、どこかで意識するようになった気がする。

ちゃんとご飯を作ること。

子どもとしっかり向き合うこと。

仕事と家庭をうまく両立すること。

どれも大切なことなんて、わかっている。

でも、それができないとき、

どこかで「ちゃんとできていない」と感じてしまう自分がいる。

周りに何か言われたわけじゃないのに、

なぜか自分で自分を評価してしまう。

そんなとき、ふと思う。

「いい母親」って、いったい誰が決めたんだろう。

昔からの価値観なのか。

社会の空気なのか。

それとも、自分の中にある思い込みなのか。

気づけば、母親の役割だけが

どんどん増えているように感じる。

子育てだけじゃなく、

家庭のこと、仕事のこと、周りとの関係。

どれも大切にしようとすると、

どこかで無理が出てくる。

それでも「ちゃんとやらなきゃ」と思ってしまうのは、

「いい母親でいなければいけない」という

見えない基準があるからかもしれない。

でも、本来、母親である前に

一人の人としての自分がいるはずだ。

疲れる日があってもいいし、

余裕がない日があってもいい。

完璧じゃなくても、

子どもと一緒に過ごしている時間の中に、

ちゃんと意味はあるはずだと思う。

「いい母親」になろうとするほど、

本来の自分から少しずつ離れてしまうこともある。

だからこそ、ときどき立ち止まって考えたい。

その基準は、本当に必要なものなのか。

母親であることと、

自分らしくあることは、

どちらかを選ばないといけないものなのだろうか。

「いい母親」って、

誰が決めたんだろう。

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