子育てをしていると、ふと感じることがある。
母親は「我慢するもの」という空気が、まだどこかに残っている気がする。
仕事のこと。
お金のこと。
自分の時間のこと。
子どもが生まれると、自然と母親の方が調整する側になることが多い。
今まで積み上げてきたキャリアを捨て、働き方を変えるのも、
子どものお迎えに合わせて短時間勤務やパートにシフトし、収入が減るのも、
ちょっとそこまで出掛けたり、美容室に行ったり、
自分のやりたいことを後回しにするのも、
どこか当たり前のように受け入れられている。
「母親」が、いろいろなことを受け止めて、
調整して、時には我慢して。
もちろん、子どものために選ぶこともある。
それ自体が悪いわけではない。
でも、ときどき思う。
それは本当に「自分で選んだこと」なのだろうか。
それとも、社会の空気の中で、自然とそうなっているだけなのだろうか。
母親だから。
子どもがいるから。
そんな理由で、経済力を我慢することが
どこか当然のように語られることがある。
でも、本来は
母親にも、自分の経済力を持つ自由があるはずだ。
自分のお金を持つこと。
自分の意思で使えるお金があること。
それは、贅沢なことではなくて、
ひとりの大人として、とても自然なことだと思う。
そして、少し思うことがある。
母親が経済力を持つことは、
決して「自分のためだけ」ではないのかもしれない。
子どもにとっても、
母親が我慢ばかりしている姿より、
自分の人生を大切にしている姿を見る方が、
きっと自然なのではないだろうか。
母親が自分の人生を持つこと。
その中に、仕事や収入も含まれていていい。
そう考えると、
母親の経済力というものを、もう少し当たり前に考えてもいいのかもしれない。
子育てをしていると、
「母親だから」という理由で手放すものが、まだ多い気がする。
でも本当は、
手放さなくてもいいものもあるのではないだろうか。
母親が経済力を持つこと。
それはわがままなのか、それとも自然なことなのか。
そんなことを、ふと考えることがある。
経済力を持つこと、母親であること。
どちらも手に入れたいと考えるのは、
母親にとって、ワガママなことなのだろうか。

