子どもを預けて仕事に向かう朝。
熱が無いことを確認して、持ち物を確認して、
「大丈夫かな。大丈夫だよね。」と何に関してかわからないが
気持ちを奮い立たせてから、送り出す。
ほんの少し自分の時間を取る日。
「お母さん、どこ行くの?」「私も行きたかった!」と言う子ども達を尻目に
自分の時間を確保する。
それだけで、胸の奥に小さな罪悪感が生まれる。
ーーー申し訳ないな、という感情。
でも、その感情は本当に「母親だから」なのだろうか。
不思議なのは、
同じ家庭、同じ子どもを育てていても、
母親の方がその感覚を抱きやすいということ。
これは、性格の問題だろうか。
愛情の量の問題だろうか。
多分、、違う。
「母親は子どもを最優先にするもの」
そんな前提が、
この令和になっても
当たり前のように社会の中にある。
だから、少し自分を優先すると、
どこからともなくブレーキがかかる。
保育の現場でも、
何かあった時、まず説明を求められるのは母親のことが多い。
書類の連絡先、熱が出た時の緊急連絡先の第一連絡先。
そこにも、同じ前提があるように思える。
私は、子どもが大事じゃ無い訳が無い。
この子達に出会えて、私の人生は輝くものになった。
だからこそ、自分の時間を取るたびに
自分を責める母ではいたくない。
罪悪感で選択する人生は、きっと苦しい。
罪悪感ではなく、
納得で選べる母でいたい。
そのために必要なのは、正しさよりも、
余裕と選択肢なのかもしれない。

